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東京高等裁判所 昭和31年(て)6号 決定

異議申立人 被告人黄敬連の弁護人 樫田忠美

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の理由は、弁護人樫田忠美作成の収監状執行に対する異議申立書と題する別紙書面のとおりであつで、その要旨は、被告人は麻薬取締法違反被告事件につき、昭和二九年五月一三日横浜地方裁判所において、懲役八月の判決を受け、これに対して控訴を申立て、昭和三〇年一一月七日東京高等裁判所第九刑事部において本件控訴を棄却する旨の判決があり、これに対して上告を申立てたものであるが、東京高等検察庁検事は、昭和三一年一月二五日被告人に対して刑事訴訟法第三四三条により収監状を執行して被告人を東京拘置所に収監した。しかしながら被告人は昭和三〇年五月一三日原審において判決の宣告後いわゆる再度の保釈決定を受けたものであつて、この場合には刑事訴訟法第三四三条を準用すべきではなく、同保釈が取り消されないのに検察官が被告人に対して収監状を執行したのは違法であるから、この処分を不当として異議の申立をする次第であるというのである。よつて当裁判所は次のように判断する。思うに、控訴審において控訴棄却の判決の宣告があり、禁錮以上の刑に処する旨の第一審判決が維持せられた場合においては第一審判決宣告後のいわゆる再保釈はその効力を失うものと解すべきである。なんとなれば、刑事訴訟法第三四三条の規定が控訴の審判について準用されることは同法第四〇四条によつて明らかであつて、これが準用を除外する特別の定もなく又理論的根拠ありとはいわれない。けだし、第一審の禁錮以上の刑の宣告後のいわゆる再保釈は、当初の保釈又は右宣告後初めてなされる保釈と性質上(権利保釈の不適用の点は別として)何等異なるものではなく、また控訴審の刑の宣告が保釈に及ぼす効果についても第一審のそれと差異あるべきではないからである。

しかして、右規定の準用については、控訴審において原判決を破棄して自ら禁錮以上の刑を宣告した場合と、控訴を棄却して原審の禁錮以上の刑の宣告を維持した場合とに区別すべきものではないのであつて、もしそれ、その準用を前者のいわゆる破棄自判の場合に限るとせんか、量刑不当の控訴理由ありとして原審より軽い刑を宣告した場合には保釈が失効し、控訴棄却原審の宣告刑維持の場合には保釈が失効しないという不合理が生ずることとなる。しからば、本件において検察官が被告人に対して刑事訴訟法第三四三条により収監状を執行したのは正当であつて、その違法を主張する所論は独自の見解に過ぎないものというべく、本件異議の申立は理由なきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道)

弁護人樫田忠美の異議申立理由

第一、事実の経緯 第一次の事件 被告人黄敬連は昭和二十八年十二月十七日横浜地方裁判所において、昭和二十八年九月十四日横浜市中区黄金町二丁目七番地の住所において、(1) ヂアセチル・モルヒネ塩類である麻薬ヘロイン十六包約一、四六包(2) 覚せい剤であるフエニル・メチル・アミノプロパンの塩類を含有する二c.c.入注射液三百五十六本をそれぞれ所持していたものであると認定せられ「懲役一年、罰金三万円に処し、右懲役刑については裁判確定の日より五年間執行を猶予する」旨の言渡を受け、これに対し、被告人及び検察官双方から控訴の申立を為し、その結果東京高等裁判所において、検事の控訴理由ありとして、原判決を破棄し、被告人を懲役八月に処する旨の判決が言渡され、これに対し被告人から最高裁判所に上告を申し立てておる(昭和三十年(あ)第六八二号第二小法廷係属事件)。右事件につき第一審及び第二審裁判所において、黄敬連が麻薬を所持していたと認められた日時は、昭和二十八年九月十四日であつて、その前後頃、被告人が所持していたと認定されたヘロインの一括量のうちから二包ほどを取り出し「イカレ」のまり子こと大石美代子に譲渡したことは真実であつたが、検挙当時その点の取調が行われなかつたので右事実を黙秘した為めその当時は起訴を免れたのである。

第二次の起訴事実 ところが、大石美代子は昭和二十九年二月横浜市内の映画館で見物中、懐中の財布を遺失したことに気付き、その旨を即時警察職員に届け出たところ、それを捨得した第三者がこれをその筋に届け出でそれには米貨三百ドル及びモルヒネ少量在中の二包あることが発見されたので大石美代子は即時逮捕され引き継ぎ大岡警察署に勾留されておる間に、モルヒネの出所につき司法警察員より尋ねられ、被告人黄敬連より買受けた旨申し立てた為め、黄敬連も亦大岡警察署に勾留されるに至つた。その間黄敬連には多数の知人より上等弁当等の差入があつたのにひき比べ、大石美代子には、差入品がないのを不満に思い、変質者である同人は遂には黄敬連を羨み妬みたる挙句、彼女を陥害せんと企て、同人より昭和二十八年九月中麻薬ヘロイン二包ほどを譲り受けたのが真実であるに拘らず故らに事実を曲げてそれは昭和二十九年三月中に麻薬ヘロイン四包を二千円で譲り受けたに相違ないと供述したので、黄敬連は、その点に関し司法警察員及び検察官に対し事実と相違する旨極力弁解したに拘らず、その供述を排斥し、低能なるヒロポン中毒者である大石美代子の前掲供述のみ採用し、検察官は大石美代子及び被告人黄敬連両名に対し昭和二十九年三月二十九日横浜地方裁判所に起訴し、公判審理中、黄敬連は昭和二十九年五月十日に保証金十万円にて仮釈許可せられ、昭和三十年五月十三日同裁判所において懲役八月を言渡され、同日再度の保釈を申請し、あらたに保釈金十万円を納入して再度保釈の決定を受け、同日、東京高等裁判所に控訴を申し立てたが、同年十一月七日東京高等裁判所刑事第九部において審理の結果、控訴棄却の判決が宣せられ、昭和三十年十一月十七日被告人より上告を申し立てた。

被告人は病弱でありヒステリー兼ヒロポン中毒症の疾患あり、昭和三十年十一月以来電撃療法、IM療法を受けつつあり。制限住所地で静養加療中であつたところ(別紙医師根岸金吾作成の診断書参照)。昭和三十一年一月十一日長野県須坂署に引渡すとの記載ある逮捕状の執行を受け同署に連行され引続き勾留状の執行を受け、同署及び長野刑務所を通じ十五日間留置され同署警察員及び検察官の取調を受けた結果、第一審公判以来弁護人が重要な証人として探し求めつついた「イカレ」のまり子こと大石美代子がヒロポン十本を所持して長野県須坂署管内を徘徊していたので現行犯としてその場で逮捕せられ、その出所を聞かれ、これは横浜市中区黄金町二ノ七パールのおかみこと黄敬連方で買い求めたと自供し、これが為め同人に対し逮捕状が発布せられ須坂署に引致され取調を受けるに至つたが黄敬連は第一審裁判所の取調の中頃まではパールの名称の下に営業を為したるも、その後裁判所の許可を受け横浜市南区真金町一丁目五番地に制限住所を変更し、パールの名称の店は閉じていた事実が証明され大石美代子が黄敬連を陥害せん為め、故らに虚偽の申立を為したことが判明したので長野地方検察庁では両名とも嫌疑なしとして不起訴処分に付し釈放したるも(この事実は二月二日小職が東京拘置所にて被告人に面会の際同人よりその旨の供述を得たるもの)、同庁検事より東京高等検察庁に連絡し逮捕状の執行の為め横浜市より須坂署に引致された事実が報知せられなかつた為めか、制限住所を無視し旅行したのであろうと誤解され、逃走のおそれある人物と推断され、東京高等検察庁検事の指揮により被告人黄敬連は刑事訴訟法第三百四十三条に基き突如、東京拘置所に収監され寒冷と病苦とに耐えられず朝夕なげき悲しんで現在に及んでおるのが本件事実の全貌である。

第二、異議申立の要旨 本件被告人黄敬連は横浜地方裁判所において公判の審理中保証金十万円を納め第一次保釈の決定を受けていたから同裁判所で有罪の言渡を受けると同時に刑事訴訟法第三百四十三条により右保釈の決定は効力を失つたので小職は第一審弁護人として即時、同裁判所に再度の保釈を申請し、同様保証金十万円にてあらたに保釈の決定を受けたのが事実である。小職の解釈によれば刑事訴訟法第三百四十三条後段に「……あらたに保釈又は拘留の執行停止の決定がないときに限り、第九十八条(収監)の規定を準用する。」

とあるから被告人において再び証拠隠滅逃走の虞あると疑うに足るべき事実がない限りこれを取消すこと能わざるものであると解すべきが相当である。いわんや亦再度の保釈が取り消さるることなき限り検事が被告人に対し収監状を執行したことの違法であることは勿論である。他の一説によれば刑事訴訟法第三百四十三条に所謂、「禁錮以上の刑に処する判決の宣告があつたとき」というのは第一審にのみ適用されることであつて第二審には「控訴棄却、又は原判決を破棄する」というが如き形式の判決の言渡があるのを常態とし破棄自判の場合の外禁錮以上の刑に処する判決の宣告はないから刑事訴訟法第四百四条の準用はないと解するべきであると為しておるから被告人を収監することは違法である。何卒至急御審理の上被告人を速かに釈放すべき旨の御決定相成り度い。

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